出会い口説きALLOK

デキル男のためのライフスタイルマガジンです。裏モノJAPAN監修の出会いや口説きに体当たりで挑戦したブログです。

現役エロおじいさんの武勇伝を聞く

仙台に住む女性の知人から、「うちの大家(ビルのオーナー)は元気いっばいのじいさんよ」と聞いた。齢98にして腰も曲がらず頭脳も明噺ついでに若い女も大好きだという。そのビルのー階で商売をしている知人はこれまで何度も

「どこかへ行こう」とか「わしの部屋に遊びにきなさい」と誘われているらしい。

客のなかには、突然じいさんに抱きつかれ、ビックリしていると、サッと2万円を手渡された女性もいるとか

「おじいちゃんは女の匂いが好きみたい。『ねーちゃんの匂いがする』って、うれしそうに言ってましたよ」

明治39生まれにしてこの俗っぽさ。おそらく、このあたりが元気の源なのではないか。抱きつき料としてためらいなく2万円を出し、丸く収めるスマートさも、ただ者ではない。若い頃はさぞ遊んだんだろうなと思わせる。

毎日、外を散歩しているといつので、会えば何とかなるとー月始めに現地へ行ってみたのだか、あいにくの雪模様。一泊して待機したものの、姿が見えない。自宅を訪間する手もあるけど、アポなしなので断られる可能性がある。

「確実に話か聞きたいなら、女に同席してもらうのがいいよ。それなら、まず断られないと思う」

ということで、改めてオガタではなく、編集部のキムラを連れ仙台へ(98才かり見たら十分に“若い女“なのだ)。今度はじいさんも上機嫌で会ってくれた。

しかし、話しているうちに、じいさんが単なるスケべな年寄りではなく、想像を絶する人生を過ごした超金持ちだと判明、話の内容もとてつもないスケールに。年期の入ったエ口話でも、というプランはどこかへすっ飛んでしまった。

じいさんのまったりトーク、コント口ール不可である。まあ、それでもキムラに対する抑えがたきエ口魂の噴出に、片鱗を感じてもらえるだろう。なお、話の内容は真実に近いと思うのだが、なにぶんいろんな方々の名前か出てくることだし、話の主は佐々木さん(仮名)とさせていただくことにする。
元気の秘訣などをみっちりお聞きできればと。いまなお女性への関心が強いというふうに聞いていますが、やはりそのあたりが元気の源なんでしょうか。

〇(きこえないかのように)私はね、日本人じゃないんです。

●はあ、えっ?うまれたのは韓国。私を生んだ両親は貧乏で、子供が5人くらいいて育てられないから、当時の金で100円(いまだと100万円以上)で私を売ったんです。赤ん坊のときに。

キムラ売られたんですか。

〇ワクヤってところがあるんですがね、そこの小学校のそばに住む日本人が私を買って、仕事の関係で中国、満州、モンゴル、ロシアと私を連れ歩いてね。最後は樺太で、私を置いていなくなっちゃった、ハハ。

また捨てられたんですかーそれはいつですか。

〇7才のころ。当時、王子製紙のエ場が樺太にあって、その建物の前で置き去られて。しょうがなくて、王子製紙で育ててくれたんですよ。社会に出たのは14才のときかなあ。

キムラ大正時代ですね。ひとりで上京したんですか。マっん、ひとり。東京の王子製紙を頼って、そこで働いた。上野や目黒、新宿か転々としながら暮らしていましたょ。そっしているうちに、銀座の服部時計店のオヤジと友だちになって。18のころには服部時計店から時計を持ってきて商売してた。許可証がないと売れない時代だからこっそりとね。で、時計売って、金やらないんだ。

●え、それ犯罪ですよ。

〇ハハハ、服部のオヤジは「おまえ、さっぱり金持ってこないじゃないか」と。王子製紙の給料で生活していれば、だから金貯まるわけですね。それで私はいまの株ですね、株の売買を始めて、儲かった儲かった。

●どんな銘柄ですか。

〇おもに国債だねえ。国債で儲けた。仙台に移ってきたときは、4万7千円でひとつの町ごと買ってしまった。家も13軒あってね。

●そ、それはいつの話ですか。

〇終戦直後です。そして、私、戦犯に問われて横浜の軍事裁判にまわって。戦犯としては第4犯かな。だけんど、副裁判官のお嬢さんが知り合いで、罪になるかわりに、進駐軍の遊ぶ場を作る仕事しろと頼まれた。裁判、マケてもらつたんだから、んでやりますと答えました。

●すごい話になってきましたね。100円で売られて金儲けして軍事裁判にかけられて。ここまででも、波澗万丈の人生です。しかし、裁判官の娘と知り合いだったとはツイてますね。カノジョだったんですか。

〇いや、そういうのではないよ。
金はあるし、若いころはかなり遊んでいたんでしょらノね。

〇(無視して)国債は、10円で発行して、10年たったら倍の20円にしますよという触れ込みだった。
復興のために発行したんでしょう。それを国民は、お国のためだと思ってせっせと買ってね。だけんど、お金ないんだから、そりゃ先の20円より、いま現金になのたほうがいいわけですよ。人によっては8円でもいいから売りたい。そこへ私が行ってね。

買いますよというんだから、おもしろいように集まる。私はそれでお金持ちになったの。

〇仙台では、マッカーサーに頼まれて、この土地に大きなナイトクラブを作った。米軍の兵隊の遊ぶところ作ってくれと頼まれたから。女だけでも、多いとき800人以上いたよ。

キムラ800人--ですか。

〇女が足りないと兵隊がケンカになるもんだから。

はあ。

〇いま、このあたりで飲み屋をやっているのは、ほとんどウチにいた人だ。だから私、いまでも飲み代はいらないの。

ハハ

〇それぐらい華やかな存在だったど芸能プロダクションも作ったの。なぜかっていうとね、日本の芸能人税金が高いからプロダクションで管理したほうがいいと。それで、美空ひばりだの何だのに仕事を頼んで。

最初は山本ってのが作って、私がやってその後はまかしたの。だから、新しい人はわからないけど、古い芸能人でそのナイトクラブにこない人はいなかったよ。当時でギャラが3500円だったかなあ。あとは東京に物資を運ぶ仕事。高速道路なんかないからトラックで突っ走る。これも儲かった儲かった。

キムラすごいサクセス・ストーリーですね。

〇だって貧乏な家に生まれたから、金は貯めてみたいんだもん。私、韓国に死んだ親の墓も建ててやって、生きている家族のためにたんぽや畑を買ってやりました。

●自分を売った親をつらんだりは。

〇しないよ。昔はそういうの、しかたがないことだったの。

●佐々木さん、結婚はされたんですか。

〇30くらいのときして、娘が一人できたんだけど、死んでしまって。けんど、マッカーサーの奥さんが口きいてくれて、43でアメリカ人の女と結婚して。
キムラえ、国際結婚ですか。

〇結婚したまではいいけんど、結婚したって一緒に住んでいるわけでもなくて、名前を貸しただけ。そしてアンタ、いまだったら100億ぐらいの財産、取られたんよ。手切れ金。あのね、司令官のカノジョなの。秘書で。けんど、アメリカの司令官は奥さんにバレるとまずいから、私が夫ということにしたかったの。司令官とも鉄砲撃ちに歩いたり、いつも遊んでいたから。

●じゃあ、一緒に寝ることも。

〇いっぺんもない。そんな無理をきかなきゃならない立場だったの。キムラアメリカ人の奥さんはキレイな方だったんですか

〇それはもう-・・…だから、100億分の土地を70万で軍に売れということになって、それをそっくりその女にあげちまったんよ、うん
うん。いまはアメリカに住んでおるね。
戦後の佐々木さんは、仙台の米軍施設関連の仕事寿多くしていたそうだ。アメリ力軍に気に入られて金儲けをしていたので、こうした頼みも断れなかったということか。軍事裁判、マッカーサー夫人、美空ひばり、進駐軍御用達キャバレー。

軽い気持ちで臨んだインタビューは、たちまちディープな色彩をおびてしまった。淀みなく話し続ける佐々木さんに、我々の付け入るスキはない。しかし、佐々木さんが大ボラを吹いているとも思えない。話の流れで、アメリカの国債を持っていることに触れると、すかさず札入れかり証紙のコピーが出てくるのだ。

その額、日本円で120億。そんなものを見せつけながら、現金化は無理だろうと笑う佐々木さん。ほかにも日本の国債を、とっさり持っているという。聞きたいのは佐々木さんの女性遍歴なのだが、ぽくとキムラが何度かそっち方面に話題を振っても、
「我が人生を語る」モードに入っているため乗ってこない。深おいして機嫌を損ねたらインタビューは水の泡とあって、ここからの我々は、佐々木さんの気分を読みとりつつ、突っ込むタイミングをはかる能勢になった。
●98年牛きてきて、この女性には世話になったと思う相手はいますか
〇ああ、それは樺太で世話になっていたお宅のお嬢さん。私が12、13才のときで、あの人が18ぐらいかな。この人が、洗濯から何からしてくれたり司愛がってくれて。

●その方と結婚したいとかは考えました?

〇いや、そういうアレじゃ、心境じゃないから。こっちはもう、ねえ。捨てられていた子供だから。あっちも、私がかわいそうな子供だから可愛がってくれたようなもので。でも、(シンミリと)あのお嬢さんは、ホントに私、生きてるうちは忘れられないね。汚いものを洗ってくれたり、夜になったら自分の部屋さ連れていって寝かしてくれたり。うん、うんうんうん。何でも教えてもらったの。

キムラいいお話ですね。

●それが淡い初恋だとすると、実際に女性と付き合われたのは東京に出てからになりまーすか。

〇(聞こえないかのように)あの人は本当にねえ。

キムラ初体験はどこでどのようこ?

〇だから、そのお嬢さんは知らないことまで教えてくれた。オトナとしてやってることも教えてもらった。

●え?

〇あの、その、オモチャっていうのかなんていうのか、そこらへんの野原さ連れていってね。あっちはここらと違ってフキが生い茂る田舎やから、そういうとこ連れていって、私をみんな脱がせて、カラダをきれいに洗って、うん、うんうん。

●…

〇そのお嬢さんは、やっぱりハタチ近いから、何でも知ってるから、何でもいうとおりにハイハイと従ってオモチャにされたこともある。

●じゃあ佐々木さんの初体験は、その方だったんですね。純粋に世話をしてもらったという以外に、アッチのほうも教えてもらった。そのふたつのことがあって、佐々木さんに強烈な印象を残す女性になっているわけだ。

〇(気に止めず)そう、1日置きか2日置きに。あっちは夏、暑いの。全部脱がして1時間もするときれいに干したヤツが乾くんだ。タオルひいてそこに横になって・・、oいま考えると、彼女も私といて楽しかったんじゃないの。

●佐々木さんも楽しかったんじゃないですか。

〇わかんない。わかんなかったの。深い意味までわかんないから。なに、夜でも昼でも、おねえちゃんのいうとおりになるだけで。

キムラお嬢さんが一方的に呼び出してぬぎなさいと。

〇外でね。野原で。あっちの水はきれいなんだな。それでカラダを洗ってから。夜は夜で、私がコタツ代わりになるんだもん。お父さんもお母さんもそばにいて。ダッコして寝るとあったかいんだろうたあ。

●なるほど。

(突然、手を伸ばしスイッチを切り、席を立つ)

〇どうもありがとう。

●あ・

〇ありがとうね。じゃあ。
この人、町愛いねえ一方的なインタビュー打ち切りである。我々に話すうちに、佐々木さんの頭の中は80年以上も前の思い出に支配されてしまったようだった。疲れたのかもしれないし、少し喋りすぎたと思ったのかもしれない。その勢いには引き留めても無駄と思わせるムードがあり、ぽくもキムラも声がかけられない。

しかし、周辺取材によれば、佐々木さんはいまでもどこかに電話をかけては若い女性を呼び、うれしそうに手をつないで部屋にいくほどの「おねーちゃん」好きである。キムラに何のアプローチもせぬまま部屋に戻るなんて、らしくない。待つことー分。いったん席をたった佐々木さんは気を取り直して座りなおし、ぽくは再びテープをまわした。さっきの出来事などなかったかのように会話が始まる。
●ァメリカ人と離婚したあとは結婚しなかったんですか。

〇いやあ、学校の先生と結婚して、5、6生削に亡くなったの。

●あ、そうですか。

〇私は小学校もいかないんだけんど、大学ふたつも出てる先生と。よりによって、歳が20も30違う女の人とね、ふふふ。

●30年下の奥さんですか。

〇結婚してくれって申し込まれたから。

キムラモテるんですね。

●他にも結婚してくれとか言われました?

〇ああ、いたの。いまでもね、好かな、籍は一緒に入らないけんど、奥さんいるの。あのね、なぜかというと奥さんがいる間は籍入れるわけにいかなかったからね。その人との間には子供もいる。60いくつで作った

●60代で子供作ったんですかー

キムラ奥さんがいるんだけど、べつに女性がいたわけですね。

〇うん。子供がいないから、人の子供を(養子に)もらうより、若い女を作って種つけなさいと。自分は産めない人だったから。

●え、奥さん公認ですか。ご長男はいくつですか。

〇24かな。バレーボールの先生になった。

●っわ、めちゃくちゃ若いですね。しかしよく、

〇うん。

●では、いまはその女性とお住まいで。

〇いや、家は持たせて、私は自分のビルでひとり暮らしですよ。

キムラこのビルも家玉持っているんですよね。お金持ちですよね。

〇おじいちゃん、お金あるんだよ。国債を持っているから。

キムラいくらぐらい?

〇4千億はあるかなあ。私、金貸しもやってるんですよ、金融を。

●---・・

〇(突然キムラに向かって)この人、可愛いねえ。

キムラありがとうございます。

〇なんて可愛いんでしょ、スハハ。

年下がお好きなんですか

〇(キムラの肩に手をかけながら)この可愛コちゃんが、いいね。

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