『壁ドン』をご存じだろうか。『ありのままで』や『ダメよ〜ダメダメ』ほど有名ではないが、2014年の流行語のひとつだ。一応説明すると、壁際で女が男に迫られるとき、壁にドンと手を突かれるシチュエーションのことをいう。
壁ドン。「オレの女になれよ」
壁ドン。「他の男なんて見てんじゃねー」
みたいに、命令口調で口説かれるのが典型的なパターンだ。世の女どもは、ドラマや漫画なんかでこのシーンを見ると、胸キュンするらしい。こんな強引に口説かれてみたいわってなことのようだ。
ふ〜ん。壁に手を突くだけなら簡単じゃん。タダだし。壁ドン系のドラマだと、イケメン上司と新人OLみたいな組み合わせが多いようだが、あいにくオレにはそんな都合のいい相手はいない。ターゲットは新しく探そう。日曜、夕方、新宿駅前に向かった。休日のせいもあり、そこかしこの壁際に待ち合わせの女の子が立っている。まさに壁ドンしてくれと言わんばかりの状況だ。待ち合わせってことは、この後どこかへ行ってしまうのだろうけど、連絡先交換くらいはできるでしょう。目星を付けた女の子に近付いていく。「寒いね」
「…そうですね」
「ぼくも待ち合わせなんだけどね」
「…そうなんですか」
無視ではない。ちょっと照れ笑いしてるし。さっそく一歩近づき、腕をすっと伸ばして壁ドン! 瞬間、彼女がビクっとした。
「驚いた顔もかわいいじゃん」
キマったはずだが、彼女はさっと下を向き、忙しそうにスマホを操作し始める。
「忙しそうじゃん」
「……」
「なあ、連絡先教えてみないか?」
そそくさと逃げられてしまった。続いて、すぐそばの待ち合わせガールの元へ。
「寒いね」
「あ…はい」
すかさず壁ドン!
「寒い日は暖まりたいだろ?」
「え…」
「でも待ち合わせしてるなら、連絡先交換だけでもいいと思うぜ」
「ヒッ」
奇声を発して走り去ってしまった。やはり待ち合わせ女は厳しいようだ。これからデートだ買い物だする前に壁ドンされても困ってしまうのだろう。なので今度はブラブラ歩いてる女に狙いを定めた。おっと、あのミニスカちゃんに行ってみるか。歩道をとぼとぼ歩いているところを、背後からそっと近づく。
「ちょっとオネーさん、ごめんなさい」
「……」
無視だ。しかしめげてはいけない。歩道のすぐそばは伊勢丹の壁なのだから。前方に回って、通せんぼをする形で壁ドン!
「いい脚してるじゃん」
「やめてください!」
一蹴されちまった。どいつもこいつもまったく胸キュンしてないみたいだ。失敗したから言うわけではないが、ここまではウォーミングアップのようなものだ。やはり壁ドンは、ある程度打ち解けた関係じゃないと有効じゃないのだろう。